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峯野龍弘のアガペーブログ

心にささやかれた愛の指針

峯野龍弘と母の回想録(人には歴史ありき)

人には歴史ありき。

様々な信じられないようなことが起こる時代に

何ができるかを思い巡らしている時、

ふと母のことを思い出した・・・

 

 

G.サーバント 峯野龍弘の詩

 以下、実話です。

 

 

私は生みの親を知らずに育った。

育ててくれた女性こそ、

紛れもなく私の母だと思い、

その母の愛に育まれて大きくなった。

 

四国の山奥の貧農(ひんのう)の娘であった母は、

小学校にさえ、ろくに通えず、

小さい頃から弟たちの子守や、

家事の手伝い、畑仕事で明け暮れした。

 

それゆえ母は文字書きも出来ず、

算数も満足に出来なかったが、

しかし、心や優しく、忍耐強く、

骨身惜しまず人に尽くす人だった。

 

そんな母がある日都会に出て、

道楽三昧(どうらくざんまい)の父と出会って、

あたかも騙(だま)されたも同然の

奇妙な結婚生活を余儀なくさせられた。

 

父にはすでに他の女性がいた。

その女性のお腹の中には、

今や出産直前の父の子が宿り、

しかも二人の仲は破局寸前だった。

 

出産後、女性はわが子を見捨て、

産院から忽然(こつぜん)と姿を消した。

哀(あわ)れ、この見捨てられた子供こそ、

父の道楽の果て生まれた私だった。

 

ところがこの産院に私の母がいた。

産院の下働きをしていた母は、

生みの親に捨てられた不憫な私を

見るに忍びず父に乞われて妻となった

 

これこそ母と私の絆の始まり。

私にとっては大なる幸せ。

しかし母にとっては苦悩の始まり。

この日から母の苦渋の人生が始まった。

 

 

母は私の養育のため入籍こそしてもらったが、

妻らしい扱いや愛は夫から受けなかった。

のみならず受けたのは血を吐くような苦しみと、

辱(はずかし)めと連夜の暴力ばかりであった。

 

父は毎晩大酒を飲み、深夜になって帰宅した。

時には他の女性を連れ込んで打ち興(きょう)じた。

その女の前で母は酒つぎを命じられ蔑(さげす)まれ、

のみならず遂には必ず酒乱の父の暴力を受けた。

 

しばしば家財は破壊され、家計は逼迫(ひっぱく)した。

父は上級官吏(かんり)であり、高給取りだった。

道楽三昧(どうらくざんまい)に暮していても、なおゆとりがあった。

それなのに母には生活費をほとんど渡さなかった。

 

そこで読み書きさえ出来ない母は行商(ぎょうしょう)に出た。

しばしば騙(だま)されたり、脅(おど)されたりしたが、

母は懸命に働いて日銭(ひぜに)を稼(かせ)ぎ、私を育ってくれた。

その姿はまさに下女か奴隷、虐待される囚人の如し。

 

母は余りにも厳しい辛さと悲しみのゆえに、

遂に三度までも悲惨(ひさん)な自殺を試みた。

最初は列車に飛び込み、二度目は舌を噛み切り、

三度目は服毒したが、その都度、九死に一生を得た。

 

おお、その度に少年であった私は地獄を見た。

私は母の悲惨な姿を目の当たりにし、

今にも死にそうな母の体に縋りつきこう叫んだ。

「誰か来て!お母ちゃんが死んじゃう。助けて!」

 

憐み深い全能の主はかく泣き叫ぶ声を聞かれた。

その時既に主は母と私と共におられた。

私はそう確信している。もしそうでなければ、

あの時、母は死に私も生きて来れなかっただろう。

 

 

かかる不幸と悲しみの内にわたしは育った。

気性は繊細にして陰湿。しかしそれなのに

外見はおおらかで快活そうに振る舞っていた。

遂に父親への憎しみはつのり、殺意となった。

 

日々心の内に燻(くす)ぶる憎しみと恨(うら)みは耐え難く、

母を苦しめ苛(さいな)む悪鬼(あっき)の如き父を深く恨(うら)んだ。

まだ少年に過ぎなかった私は殺害を思い立ち、

いつの日か必ずそれを遂げようと機会を窺(うかが)った。

 

 

 

やがて中学、高校、大学へと進んだ私は、

もはや他人との通常の交わりさえ儘(まま)ならず、

ただ一人、人を避け、悶々(もんもん)として日を過ごす。

殺意と怨念(おんねん)は抑え難く、憎しみは増すばかり。

 

もしもその時、教会に導く者がなかったなら、

私はおそらく大罪を犯し、世間を騒がせ、

獄(ごく)に繋(つな)がれ、自らそこで自害していただろう。

おお、主をほめよ!その時私は教会へ誘われた

 

昔から「溺(おぼ)れる者は藁(わら)をも掴(つか)む」と言われて来たが、

まさにその日の私は恐るべき罪の嵐の只中(ただなか)で、

溺(おぼ)れかかっていた憐れな一人の遭難者であった。

実に私には掴むべき藁(わら)以上の助け手が必要だった。

 

おお、主の聖名はほむべきかな!主は来られた。

その日、一人のキリスト者が私の許に遣わされ、

私の手を取りキリストの御許に導いてくれた。

私は眼前にキリストを拝し、見事に救われた。

 

私が何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、主を信じ、受け入れた。

その瞬間から私の人生は変革し、憎しみは消え、

あの殺意や怨念(おんねん)さえ徐々に遠く彼方に消え去った。

のみならず平安が、喜びが、希望が心に注がれた。

 

この私の生涯に生じた驚くばかりの劇的変革は、

やがて間もなく私ばかりか母の身にも訪れ、

遂には諸悪の根源であった父親の上にも訪れた。

それはまさしく奇跡的主の御業と言う他はない。

 

 

かくして我が家の地獄のような日々は終わり、

キリストにある天国のような日々が始まった。

母の多くの涙と労苦、痛みと悲しみは報いられ、

我が家は主の恵みを証しする者と変えれれた。

 全家が救われた。

 

大学時代の応援歌の一節にこんな詞があった。

「電信柱に花が咲き、死んだ魚が泳ぎ出す」

こんな馬鹿げたことはあるはずもなかろうが、

しかし、我が家の奇跡は、まさにこれだった。

 

 おお主よ、全てはあなたの恵み。

心から感謝します。

 

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G.サーバント(峯野龍弘)