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峯野龍弘のアガペーブログ

心にささやかれた愛の指針

甦(よみがえ)った愛

アメリカ同時多発テロ9・11を目前にし、世界平和を求めて祈りをささげるいる時、ふと3・11東日本大震災の東京での体験が鮮明によみがえってきた。

平和を願いつつ・・・峯野龍弘(G.サーバント)の詞。 

 

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大都会東京には人が溢れ、

日々目まぐるしく

往来(おうらい)している。

人、人、人、どこに行っても人。

 

 

しかし、これほどまでに人々が

ひしめき合っていると言うのに、

人々の心には、

孤独感(こどくかん)が漂(ただよ)う。

 

 

のみならず、そこでの人間関係は

極めて希薄(きはく)で、

かつ殺伐(さつばつ)としている。

それは真の人間関係とは程遠く、

利害関係で繋(つな)がれた

因縁(いんねん)ばかり。

 

 

解消したくても解消できず、

ただストレスのみ、溜(た)まるばかり。

 

 

大都会の中の孤独、大衆の中での孤立。

何とこれほど人がいるのに

心は繋(つな)がらず、

されど逃げ出したくてもそれも出来ない。

 

 

果たして心温まる交わりはいずこにある?

 

 

今日、隣家(りんか)で人が死んでも誰も知らない。

おお、真の愛の交わりは何処にあるのか?

 

 

しかし、突如(とつじょ)、

大東京を地震が襲い、

交通網が遮断(しゃだん)され、

帰宅の足が奪われた。

主要道路では、

礼儀正しく家路(いえじ)を辿(たど)る

長蛇(ちょうだ)の人列が何処までも続いていた。

彼らは皆、既に数時間も歩き続けていた。

夜も更け、寒さは増し、トイレもない。

 

 

ところが、おお何と親切なことよ!

これを見ていた沿道の家人たちが、

次々と彼らを自分の家に招き入れ、

「寒いでしょう、休んで下さい!」

「温かいスープがありますよ!」

「トイレもどうぞ、遠慮なく!」

と見知らぬ人たちに声をかける・・・。

 

 

いつしか沿道の家々が皆これに倣い

愛の輪がこの沿道の町に広がった。

 

 

強い余震は続き、家路はなお遠く、

孤独で心細いはずの彼らなのに、

そこには不安も悲しみもなく、

ただ感謝と喜びが心に溢れた。

 

 

突如襲た大地震の恐怖も衝撃も、

今や彼らの心を脅かすことなく、

何とそこに愛の美しい花を咲かせ、

豊かな温かい交わりを齎(もたら)してくれた。

 

 

大都会の中の孤独よ、さらば!

ここにもなお愛が息づいている・・・。

 

                                             G・サーバント(峯野龍弘)

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 

 

人の必要に共感し、

他者のためにお仕えする愛・・・

 

まさにアガペーである。

 

 

アガペーとは、

相手のために、

しかも自らに敵対し、

不利益を与える者のためにさえ、

あえて、

自己犠牲を甘受し、

その相手の祝福のために

ささげ、

仕えていく

何一つ見返りを期待しない

心と生活ですある。

 

 

一人ひとりがアガペーの道を歩むとき、

平和が訪れることでしょう。

 

お一人お一人の心の中に平和があるように!

天からの豊かな愛で満ち満たされ、

その愛が溢れ流れて行きますように!

                

                        

 

ちなみに、次の日地曜日、9月11日16時~18時に

東日本大震災&熊本地震復興支援超教派一致祈祷会」

を淀橋教会を会場にもたれます。

2011年3月11日より、毎月11日を覚えて、

毎月もたれているお祈り会です。

毎回、現地レポートの時間が30分もたれ、

具体的な祈りの課題を分かち合って頂き

共に祈ります。

どなた様も、ご参加できますので、

是非どうぞ!

今回は、岩手県からの現地レポートです。

 

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戦火の中の変わらない母の愛

終戦記念日を迎えた今日、いつも以上に「個々人の心の平安の祈り」「世界平和の祈り」「家庭の平和の祈り」が湧き上がってきました。


今もなお、世界中で多くの方が、テロ、内戦、紛争、飢餓、災害、不和・・・に苦しんでおられます。平安がありますように!平和がありますように!

 

昨日は、聖フランシス作と言われている「平和の祈り」を聖歌隊の皆さんと会衆の皆様と一緒に讃美することができました。本当に、自己中心ではなく、真心からお互いを愛し合い、いたわり合い、分かち合い、許し合い、受け入れ合うならば、一人ひとりが平安な心を保つことができ、平和な家族、社会、世界をつくって行けると思います。身近な所から愛の実践をさせて頂きましょう。真っ暗闇に神様の光を運ぶ器とさせて頂きましょう。


さて、小僕(しょうぼく)が、ソマリアの内戦の時に、体験した出来事を詩に書いてみました。悲惨な戦火の中で見た実話です。

  

戦争や争いなどに、巻き込まれてしまったとき

反応の仕方は様々。

地獄のような現実の中で垣間見た母と子の絆のストーリーです。

 

 

ソマリアで天国を見た」

           G.サーバント(峯野龍弘)の詩

1990年代、
ソマリアでは、内戦(ないせん)が激化(げきか)し、
かつ、干(かん)ばつも襲(おそっ)てきた。



共に長引く二つの禍(わざわい)に遭遇(そうぐう)した
善良な民たちは、
難民となって荒野を彷徨(さまよ)い、
飢えと病に苦しんだ。



ただでさえ貧しい
ソマリアのどの町も村も、
激(はげ)しい砲弾(ほうだん)と銃弾(じゅだん)の
飛(と)び交(か)う戦火(せんか)によって崩壊(ほうかい)した。



民は住む家もなく、
何よりも食物(しょくもつ)がなく彷徨(さまよ)った。



ある者は、廃墟(はいきょ)に身を潜(ひそ)め、
ある者は、原野(げんや)に逃(のが)れた。



しかし、自国は
既(すで)に崩壊(ほうかい)し、
国連の支援は届かず、
無数の難民たちは、日に日にやせ衰(おとろ)え、
苦悩(くのう)は 増(ま)していった。



にもかかわらず内戦(ないせん)は続き、
干(かん)ばつは、激化した。



砲弾(ほうだん)、銃弾(じゅうだん)による
戦死者(せんししゃ)よりも
餓死者(がししゃ)の数が上回った。



国連軍が、難民のために
空から投下した物資も、哀(あわ)れ、
即座に、反乱軍に強奪(ごうざつ)され、
民衆の口には届かず、
陸路で運ばれた救援物資も、
しばしば彼らに襲(おそ)われ、
次々と、餓死(がし)して行く
難民の許(もと)には、届かなかった。



広域に点在する
無数の難民たちへの支援は、
どうすれば彼らに届くのか?



ああ、過激派反乱軍の
巧妙(こうみょう)な攻撃に阻(はば)まれ、
国連軍の侵攻(しんこう)、鎮圧は
一向(いっこう)にはかどらず
苦戦が続いた。



国連軍が、やっとバイドアに上陸したのは、
だいぶ後(あと)になってからのことだった。



丁度この時、小僕(しょうぼく)は、
激戦地(げきせんち)モガディシオにいた。



この時、すでに難民の数は、
100万人を超えていた。



この惨状(さんじょう)を
NGO本部より聞かせれた
小僕(しょうぼく)たちは、
いち早く現地に急行し、
その窮状(きゅうじょう)を祖国に知らせた。



ちなみにそこに入るのは
極(きわ)めて至難(しなん)の業(わざ)だった。



戦時下のソマリアは危険に満ち、
入国不能だった。



既に空港は爆破(ばくは)され、
陸路はゲリラが出没し、
当然のことながら
民間人は、
渡航(とこう)を禁じられていた。



しかしわずか報道陣と
NGOには入国が許された。



祈りはかなえられ、
ケニアのナイロビから
小型セスナ機をチャーターし、
反乱軍に
襲(おそ)われるかもしれない
危険を冒(おか)して飛び立った。



現地にはNGOの事務所があり、
そこと無線交信をしつつ、
地上の安全を確認して
所定の原野に強硬(きょうこう)着陸を試みた。



事前打ち合わせを済ませておいた
味方の武装車に迎えられ、
ただちに帰還(きかん)するセスナ機に別れを告げ
無事目的地に着いた。



初めて視察した瓦礫の中の難民居住地は
悲惨(ひさん)であった。



折からの日照りの中で、
天蓋(てんがい)を広げ、身を寄せ合う難民たち。
痩(や)せ衰(おとろ)え、
骨と皮ばかりになった哀れな老若男女。



まさに餓死寸前の状態で、
あてどもなく死を待つ人々。



母親の薄っぺらで
皺(しわ)だらけになった
乳房を銜(くわ)える乳児。



いくら吸えども
母乳は涸(か)れ果て、
出ることのない乳房でも、
母親の心に湧き上がる愛が溢れてわが子を満たす。
かくして母の胸に抱かれながら幼い命は天に帰った。



小僕(しょうぼく)は、
この生き地獄のような
当時の悲惨なソマリアで、
同時に、
美しく、聖く、尊い人間の世界を見た。

 

この極限的(きょくげんてき)な 
死を待つ母子の間には、
恐怖も飢(う)えもなく、
ただ神々(こうごう)しいばかりの
愛の聖域、天国(てんごく)が見えた!

 

母の愛は強し!
母の愛は深し!

 

 

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人間は素晴らしい!(サマー・ホーリー・フェスタの感謝と共に)

サマー・ホーリー・フェスタ2016、素晴らしかったですね!天候にも恵まれ、本当に感謝でした!

 

来て下さった皆様、置かれた場所でお祈り下さった皆様、共に労苦して下さった皆様・・・心より感謝申し上げます。後日、ビデオで様子をアップされると思いますが、まずは写真でご報告。

  

 

初日8月5日の「MANNA&IRIE AMIGO」は、ラテン音楽や、お馴染みの曲のアレンジで会場をアッと良い意味で驚かせて下さいました。自然に踊りだす人たちもチラホラ。

 

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2日目の「イーワイーエス(EYS)」の3兄弟は、聖霊のあつい火を受けているのに、非常にさわやかで、笑顔も素敵でしたね!ファンの子たちから、お手紙を沢山もらっている様子に驚きました。

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3日目の「ジョネッタ・ブッシュ&ウィンストン・ネルソン&クワイア―」の皆様の熱気に良い意味で圧倒された人たちも多かったようです。会衆が一同となって「Jesus!」「Jesus!」「Jesus!」の大合唱はすごかったですね。

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それにしても、準備や片づけ、隠れた尊い奉仕をしてくだったお一人お一人にも主の豊かな祝福がありますように!

 

全ての人が大切。一人がかけても今回のライブはできなったと思います。

 

感謝!

 

 

 

さて、14日(日)は、「平和聖日」です。

「真の平和」について考え、祈りましょう。

 

そんなことを、思いつつ・・・詩を書いてみました。

 

 

<人間は素晴らしい!>

            峯野龍弘(G.サーバント)の詩      

人間は、すばらしい!

 乳飲(ちの)み子を見つめていると、

 深い感動が胸に込み上げてくる。

 無心に母の乳房を吸う乳飲み子に、

 早や何一つ遜色(そんしょく)なき人間性が宿(やど)っている。

 しかもその純粋さは、大人に優(まさ)る。

  

 

人間は素晴らしい。

世の人はハンディキャップという。

果たしてどこがハンディキャップなのか。

 懸命(けんめい)に、全力投球(ぜんりょくとうきゅう)で、生死(せいし)さえかけて、

 真剣に生き抜いている彼らの内にこそ、

 真に美しい人間らしさを見る。

 

 

 

人間は素晴らしい。

年老いて、今や認知症の人と呼ばれるが

しかしその人には長い人生の旅路(たびじ)があった。

人生の旅路は、決して容易(ようい)には辿(たど)れない。

その人は早や、人生のゴール間近だ。

そうだ、畏敬(いけい)の念(ねん)をもってエールを送ろう!

 

 

 

人間は素晴らしい!

天地万物(てんちばんぶつ)を創造(そうぞう)された創造主なる神は、

人間を神の似姿(にすがた)につくられた。

創世記1章27節(口語訳)「神は自分のかたちに人を創造された」

 

 

 

人間は素晴らしい。

人は誰でも神の御旨(みむね)に従って命を得、

すべて神のご目的に従って、生かされている。

誰一人神から愛されていない人間はない。

人は皆、主の御目(おんめ)に尊(とうと)く、重んぜられている。

だから人間は素晴らしい。決して卑(いや)しむべからず。

 

  

本来、素晴らしくつくられた人間が、

なぜ、人を傷つける者に変貌(へんぼう)してしまうのか。

互いに自己中心を捨て、互いを尊重(そんちょう)し合おう。

その決心をし、実践(じっせん)する時、

平和をつくるものへと変えられる。

 

 

 

家庭の平和、社会の平和、世界平和は、

一人ひとりの心から始まる・・・

  

              G.サーバント

 

 

 

サマー・ホーリ・フェスタまもなく開幕!入場無料ゴスペルライブ!

今週の金曜日からは、いよいよ待望のサマー・ホーリー・フェスタが開幕です。すでにご家族・ご友人をお誘いのことと思いますが、皆様で楽しみにお出かけください。特に3日間の天候が守られますように、何よりも音楽ゲスト・バイブルトークをはじめとする多くのスタッフ達が、それぞれ恵みの内に充分に良きご奉仕が出来ますよう、格別お祈りください。毎年、素晴らしい感動のドラマが繰り広げられています。今回も楽しみです!




【2016 サマー・ホーリー・フェスタ】

~永遠に変わらないもの・・・揺るぎない安らぎをあなたに~

 

ホーリー・フェスタ1>

8/5(金)19:00-20:30  野外特設ステージ
バイブル・トーク:「永遠に変わらない言葉」峯野龍弘主管牧師
スペシャルゲスト:MANNA&IRIE AMIGOS

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ウェルカム&ドキュメンタリー:淀橋教会壮年チーム

ラテン音楽に心も踊りだされることでしょう。


ホーリー・フェスタ2>

8/6(土)16:00-18:00     野外特設ステージ
バイブルトーク:「永遠に変わらない愛」峯野龍弘主管牧師
スペシャルゲスト:EYS (イーワイエス

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ウェルカム&ドキュメンタリー:淀橋教会青年チーム

さわやかな笑顔、JOYをお届けします。



ホーリー・サンデー・サービス>

8/7(日)10:30-12:00  インマヌエル礼拝堂

バイブルトーク:「永遠に変わらない友」峯野龍弘主管牧師

スペシャルゲスト:ジョネッタ・ブッシュ、ウィンストン・ネルソン

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特別讃美:インマヌエル聖歌隊、アンサンブル・アガぺ

本場のゴスペルをお楽しみください。



ホーリー・フェスタ3>

8/7(日)14:00-15:40
バイブルトーク:「永遠に変わらない約束」 峯野龍弘主管牧師
スペシャルゲスト:ジョネッタ・ブッシュ
キーボード/ ウィンストン・ネルソン
ウェルカム&ドキュメンタリー:淀橋教会女性チーム
「Oh Happy Day」などをお楽しみいただけます。



【ゲスト紹介】

MANNA
本名、入江真奈、東京都出身。ボーカリスト、ゴスペルディレクター。明治大学卒業後、教会、ライブハウス、イベント等にてジャズ、ボサノバ、ゴスペルを歌い、ゴスペルシンガーのアレックス・イーズリー、ラニー・ラッカー、レイ・シドニーらと共演、一方ではゴスペルコーラスのディレクターとして活動し始め、都内、埼玉、湘南等、全10 箇所にて、ゴスペルディレクター、ボイストレーナーとして活動、キッズコーラスワークショップも定期的に開催。
’01 年、徳間ジャパンよりリリース「香音ミュージックシリーズ」にボーカルとして3枚のCDに参加。’12 年 3rdCD「AGUARACHAR」(入江新一郎プロデュース)をリリース。ライブは聞くと誰でも元気になる歌、ステージングには子供から大人までかなりの定評がある。
’04 年より毎年地元、所沢ミューズにて自己率いるゴスペルグループでコンサートを9回実施、大入り満員の大盛況のうちに終了。東日本大震災復興支援コンサートも精力的に実施している。一昨年春にはチェコプラハスメタナホールにて入江ファミリーでライブを実施、こちらも大盛況だった。今後も夫の新一郎と夫婦で神様を讃美していきたい。家族で所沢ホープチャペルの礼拝に出席。

 

 

<入江新一郎>
ピアニスト、作編曲家として活躍中。打楽器のようなインパクトあるピアノ奏法、叙情的でハートフルなメロディーラインがファンの心を魅了する。
演奏ジャンルも幅広く、おもにラテン、ジャズが中心でクラシックもこなす。全国にて演奏活動を実施、数々のプレーヤーと共演、海外ではメキシコ、キューバ、香港、シンガポールで演奏を実施、熱狂的な歓迎を受けた。中でもメキシコの世界遺産都市「プエブラ」にて市長より表彰される。
また、NHK、TBSの番組で自作の曲がオンエアされる。第2 作目のソロアルバム「SAMBI」をリリース、また数多くのアーティストのCD、企業サイト動画のBGM等も手掛ける。所沢ホープチャペルに家族で出席。東日本大震災復興支援コンサートも精力的に実施している。

 

 

<EYS(イーワイエス)>  「良いわ! Yes ! 三人十色」
2014 年結成。関 栄理哉、関 義哉、関 真哉 によるソングライター3人からなる兄弟ユニット。ポップセンス光る、またどこまでもストレートで素直に響く楽曲は、詞・曲のみならず緻密なアレンジにまで及ぶ。2015 年 1st アルバム「YES I do!!!」をリリース、初のツアー、東京・京都にて300 人動員レコ発ライブを成功させた。

Johnetta Bush (ジョネッタ・ブッシュ)
フロリダ出身。ニュージャージー在住。
ミュージックディレクター、ミュージシャン。6 歳から教会音楽家として活動を始め、16 歳の時にはオルガニストとしてレコーディング、国内ツアーに参加。
ニュージャージーを拠点に、ゴスペルクワイヤの指導をすると共に、ミュージックミニスターとして、多くの教会で音楽指導に尽力する。日本でニューヨーク・ハレルヤ・カンパニーのリードヴォーカリストとして5 度来日。現在も年に1 度は来日し、ゴスペル音楽の指導を行っている。

 

 

<Winston Nelson( ウィンストン・ネルソン)>
ニュージャージー生まれ。キーボード奏者。
ドラマーとしても活躍。教会音楽家でもあり、プロデューサー、スタジオミュージシャン、レコードエンジニアとして多方面で活躍している。また、ジャズピアニストとしても認められている存在である。

 

 

 

入場無料

 

 


どなた様もお気軽にいらしてください。  

 会場は淀橋教会です。

 

新宿区百人町1-17-8  

JR総武線「大久保駅」北口より徒歩2分

JR山手線「新大久保駅」より徒歩3分

03-3368-9165

 

 

 

 

 

峯野龍弘と母の回想録(人には歴史ありき)

人には歴史ありき。

様々な信じられないようなことが起こる時代に

何ができるかを思い巡らしている時、

ふと母のことを思い出した・・・

 

 

G.サーバント 峯野龍弘の詩

 以下、実話です。

 

 

私は生みの親を知らずに育った。

育ててくれた女性こそ、

紛れもなく私の母だと思い、

その母の愛に育まれて大きくなった。

 

四国の山奥の貧農(ひんのう)の娘であった母は、

小学校にさえ、ろくに通えず、

小さい頃から弟たちの子守や、

家事の手伝い、畑仕事で明け暮れした。

 

それゆえ母は文字書きも出来ず、

算数も満足に出来なかったが、

しかし、心や優しく、忍耐強く、

骨身惜しまず人に尽くす人だった。

 

そんな母がある日都会に出て、

道楽三昧(どうらくざんまい)の父と出会って、

あたかも騙(だま)されたも同然の

奇妙な結婚生活を余儀なくさせられた。

 

父にはすでに他の女性がいた。

その女性のお腹の中には、

今や出産直前の父の子が宿り、

しかも二人の仲は破局寸前だった。

 

出産後、女性はわが子を見捨て、

産院から忽然(こつぜん)と姿を消した。

哀(あわ)れ、この見捨てられた子供こそ、

父の道楽の果て生まれた私だった。

 

ところがこの産院に私の母がいた。

産院の下働きをしていた母は、

生みの親に捨てられた不憫な私を

見るに忍びず父に乞われて妻となった

 

これこそ母と私の絆の始まり。

私にとっては大なる幸せ。

しかし母にとっては苦悩の始まり。

この日から母の苦渋の人生が始まった。

 

 

母は私の養育のため入籍こそしてもらったが、

妻らしい扱いや愛は夫から受けなかった。

のみならず受けたのは血を吐くような苦しみと、

辱(はずかし)めと連夜の暴力ばかりであった。

 

父は毎晩大酒を飲み、深夜になって帰宅した。

時には他の女性を連れ込んで打ち興(きょう)じた。

その女の前で母は酒つぎを命じられ蔑(さげす)まれ、

のみならず遂には必ず酒乱の父の暴力を受けた。

 

しばしば家財は破壊され、家計は逼迫(ひっぱく)した。

父は上級官吏(かんり)であり、高給取りだった。

道楽三昧(どうらくざんまい)に暮していても、なおゆとりがあった。

それなのに母には生活費をほとんど渡さなかった。

 

そこで読み書きさえ出来ない母は行商(ぎょうしょう)に出た。

しばしば騙(だま)されたり、脅(おど)されたりしたが、

母は懸命に働いて日銭(ひぜに)を稼(かせ)ぎ、私を育ってくれた。

その姿はまさに下女か奴隷、虐待される囚人の如し。

 

母は余りにも厳しい辛さと悲しみのゆえに、

遂に三度までも悲惨(ひさん)な自殺を試みた。

最初は列車に飛び込み、二度目は舌を噛み切り、

三度目は服毒したが、その都度、九死に一生を得た。

 

おお、その度に少年であった私は地獄を見た。

私は母の悲惨な姿を目の当たりにし、

今にも死にそうな母の体に縋りつきこう叫んだ。

「誰か来て!お母ちゃんが死んじゃう。助けて!」

 

憐み深い全能の主はかく泣き叫ぶ声を聞かれた。

その時既に主は母と私と共におられた。

私はそう確信している。もしそうでなければ、

あの時、母は死に私も生きて来れなかっただろう。

 

 

かかる不幸と悲しみの内にわたしは育った。

気性は繊細にして陰湿。しかしそれなのに

外見はおおらかで快活そうに振る舞っていた。

遂に父親への憎しみはつのり、殺意となった。

 

日々心の内に燻(くす)ぶる憎しみと恨(うら)みは耐え難く、

母を苦しめ苛(さいな)む悪鬼(あっき)の如き父を深く恨(うら)んだ。

まだ少年に過ぎなかった私は殺害を思い立ち、

いつの日か必ずそれを遂げようと機会を窺(うかが)った。

 

 

 

やがて中学、高校、大学へと進んだ私は、

もはや他人との通常の交わりさえ儘(まま)ならず、

ただ一人、人を避け、悶々(もんもん)として日を過ごす。

殺意と怨念(おんねん)は抑え難く、憎しみは増すばかり。

 

もしもその時、教会に導く者がなかったなら、

私はおそらく大罪を犯し、世間を騒がせ、

獄(ごく)に繋(つな)がれ、自らそこで自害していただろう。

おお、主をほめよ!その時私は教会へ誘われた

 

昔から「溺(おぼ)れる者は藁(わら)をも掴(つか)む」と言われて来たが、

まさにその日の私は恐るべき罪の嵐の只中(ただなか)で、

溺(おぼ)れかかっていた憐れな一人の遭難者であった。

実に私には掴むべき藁(わら)以上の助け手が必要だった。

 

おお、主の聖名はほむべきかな!主は来られた。

その日、一人のキリスト者が私の許に遣わされ、

私の手を取りキリストの御許に導いてくれた。

私は眼前にキリストを拝し、見事に救われた。

 

私が何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、主を信じ、受け入れた。

その瞬間から私の人生は変革し、憎しみは消え、

あの殺意や怨念(おんねん)さえ徐々に遠く彼方に消え去った。

のみならず平安が、喜びが、希望が心に注がれた。

 

この私の生涯に生じた驚くばかりの劇的変革は、

やがて間もなく私ばかりか母の身にも訪れ、

遂には諸悪の根源であった父親の上にも訪れた。

それはまさしく奇跡的主の御業と言う他はない。

 

 

かくして我が家の地獄のような日々は終わり、

キリストにある天国のような日々が始まった。

母の多くの涙と労苦、痛みと悲しみは報いられ、

我が家は主の恵みを証しする者と変えれれた。

 全家が救われた。

 

大学時代の応援歌の一節にこんな詞があった。

「電信柱に花が咲き、死んだ魚が泳ぎ出す」

こんな馬鹿げたことはあるはずもなかろうが、

しかし、我が家の奇跡は、まさにこれだった。

 

 おお主よ、全てはあなたの恵み。

心から感謝します。

 

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G.サーバント(峯野龍弘)

 


 

 

神の愛(アガペー)を体験 : 今風、善きサマリヤ人

イエス様は、様々なたとえを通して「真理」や「大切なこと」を語られました。

聖書の中でも有名な「善きサマリヤ人の話」をご存知ですか?

「今風、善きサマリヤ人」を書いてみました。お味わい下さい。

 

 

アメリカ在住の老日本人牧師夫妻が、

あるとき夫婦で車の旅をした。

都会を離れ、何処までも続く

長い道のりをひたすら車を駆って、

野越え、山越え走り続けた。

 

時は春。美しい草花が沿道を彩り、

あたかも老夫婦の前途を祝うかのごとく

その目と心を楽しませてくれた。

 

とかく疲れやすい年頃ではあったが、

二人は若者のように旅を謳歌した。

 

やがて車は深い森に覆われた

車並みもまばらな山中にさしかかった。

こここそしばしば世間の噂に上る

危険に満ちた犯罪多発危険地域。

老夫婦の心に俄かに不安が押し寄せた。

 

時刻も早夕暮れ時を迎え、暗くなり

不安は増し、緊張と恐怖が心に忍び寄る。

昼間の旅の楽しみは、もはやいずこに・・・。

 

その時、突然エンジンに不調が起こり、

遂に車は山中で動かなくなった。

 

老牧師夫妻は、身の危険を感じつつ

あわてて幾度もスターターを回したが、

エンジンは一向に作動しなかった。

 

仕方無しに車の外に出て、手を振り、

声を上げて他車の助けを求めた。

 

しかし悲しくも誰も止まってはくれず、

巻き添えを恐れてでもいたのか

高級車の紳士も、定期便の運転手も、

やさしそうな女性ドライバーも皆、

見て見ぬ振りをして、つれなく過ぎ去った。

 

やがて間もなくすると遠く彼方から、

傷だらけのオープンカーに乗った

髪の毛を染め、耳輪、鼻輪あしらった、

見るからに恐ろしい素性の悪そうな、

若者たちが狂喜しながら近づいてきた。

 

老牧師夫妻は、思わず息を呑みながら

神の憐みとご加護を求めてこう祈った。

「おお、憐み深い天の父よ、

我らを試みに合わせ給わず、

悪より救い出し給え」と。

 

その時、彼らの車が横付けに止まった。

刺青のある彼らが飛び降りて来て言った。

「爺さんたち、どうした、故障かよ!

俺たちに任しておきな。修理工さ。」

彼らのお陰で車は見事に、修復された。

 

彼らは再び傷だらけの自動車に飛び乗り、

何の報いも望まず、さわやかな笑顔を残し

爆音も高く、疾風のように去って行った。

老牧師夫妻は、今更のようにこう思った。

彼らこそ実に「良きサマリヤ人」だったと。

  

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G.サーバント(峯野龍弘)

 

 

 

<口語訳聖書 ルカによる福音書10章25~37節>

10:30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。

10:31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。

10:32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。

10:33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、

10:34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。

10:35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。

10:36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。

10:37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

 

 

 

命の真清水(ましみず):湧きあふれるアガペー

作詞:峯野龍弘   作曲:高野忠博

 

1、心の中より 湧(わ)き溢(あふ)れ来(く)る
  キリストの泉 とこしえの泉
  尽きず流れては 心の内外(うちと)を
  今日また潤(うるお)す 命の真清水(ましみず)

 

2、こはげに貴(とう)き 御神の給う
  常世(とこよ)に変わらぬ 命の真清水
  尽きず流れては 心の内外(うちと)を
  今日また潤す 命の真清水

 

3、我が主の瞳(ひとみ)よ 涙の泉
  何故(なにゆえ)溢(あふ)るる 誰(た)がため我がため
  尽きず流れては 心の内外(うちと)を
  今日また潤す 命の真清水

 

4、悲しみ消え失せ 憂(うれ)い解(と)け去り
  今こそ溢(あふ)れよ 喜びの泉
  尽きず流れては 心の内外を
  今日また潤す 命の真清水

 

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 G.サーバント(峯野龍弘)